ティト・フランコーナ
John Patsy (通称”Tito)Francona
1933年11月4日生まれ ペンシルヴェニア州アリクィッパ出身
日本では殆ど知られていないが、60年代を中心に活躍した左の巧打者
52年セントルイス・ブラウンズと契約、ボルティモア移転後の56年デビューしいきなり139試合.258を残す。
CLE時代の59年は.363をマークするも規定打席にわずか1不足で首位打者を逃した(現在の規定なら首位打者になる)
60年.292、36二塁打(1位)
61年.301(7位)、30二塁打(7位)、85打点と活躍。
30歳頃からは打率が落ち、代打などスーパーサブに回って活躍
70年の引退まで15シーズンのべ9球団と息の長い選手だった。
15年で1719試合、1395安打、.272を記録している。
フランコーナといえば、どこかで聞いたような…と思う方はカンが鋭い。彼の息子もドラフト1位から10年メジャーでプレーし474安打と父の三分の一だったが、率は.274と父を上回る。
もっともBOSを世界一に2度導いている名将、のほうが通りがいいが。
そう。ティトは現BOS監督テリー(愛称は父と同じTito)の父である。