ベン・オグリビー
Benjamin Ambrosio Oglivie 1949年2月11日パナマ共和国コロン生まれ
68年ドラフト11位でBOS入団、71年9月4日メジャーデビュー。
74年DET移籍後出場機会が増え、しぶとい中距離打者として活躍
78年MILに移籍して初の3割(.303、5位)を残す。
80年は.304、41本塁打(本塁打王)、118打点のキャリアハイ。
82年も34本塁打(4位)、102打点で優勝に貢献。
この頃のベースボール・マガジン社雑誌では「オーグルビエ」と表記されていた。
その後高齢で長打力は衰えたが、最後の2年(85、86)も300打席以上で合わせて15本塁打ながら.290と.283、安打も99と98を記録し技術の衰えを見せなかった(86年は346打席でわずか33三振)
メジャー時代から非常に物静かで哲学書を愛読するという知性派で知られ、87年近鉄に入団。メジャーでの実績を鼻にかけることなく真面目な人柄でチームメイトの尊敬を集めた。
近鉄時代は既に30代後半(38、39歳)ではあったが、2シーズンとも3割、20本塁打をマーク。
三振も2年間で103と外国人にしてはかなりの少なさで(四死球も95と少なくない)峠は越えていたもののリーダー的存在としてチームを引っ張り、88年10月19日(10.19ダブルヘッダーといわれる試合)にも出場。
2試合目を引き分け、優勝を逃して祝賀会から一転した残念会の途中、会場を抜け出してトイレで号泣したという。
この年途中に移籍し、本塁打を量産したブライアントも彼に頭が上がらず、彼の前では直立不動だったという。
それくらい格のある、そして人格のある選手だった。
ちなみにア・リーグ初のアメリカ国籍で無い本塁打王である
(ナ・リーグは1876年創設年の本塁打王ジョージ・ホールがイングランド出身)