デヴィッド・セギー
前回取り上げたディエゴ・セギーの息子。
David Vincent Segui 1966年7月19日、カンザスシティ生まれ
(父はこの年はワシントン・セネタース。前後はカンザスシティ・アスレティックスに所属)
87年BALにドラフト17位で指名され、90年5月8日デビュー。
90年はランディ・ミリガン、91年にはHOUからFA加入のグレン・デーヴィス(95-96阪神のグレン)がおり、控えだったが両者の抜けた93年に一塁レギュラーを獲得。
94年後に3000本安打・500本塁打を達成するパルメイロ加入でNYMに移籍、95年は途中でモントリオール・エクスポズ(現WAS)に移籍。
このシーズン初の3割となる.309をマークし、00年まで6シーズンで3割4度、最低打率.286と安定した打率を残す。
一塁手としては長打力にやや欠けており(97年の21本塁打が最多で、本塁打20以上はこのシーズンのみ)、鈍足であったが反面しぶとい打撃(通産.291の高打率に加え三振が少なかった)と抜群の守備という売りがあったため移籍を繰り返しつつも規定打席をキープしていた。
00年.334と103打点の自己ベストをマーク、翌01年BALに復帰するがこの頃から年齢による衰えとステロイドの副作用からか故障がちとなり(07年暮れに本人が薬物使用を告白)
01年.301も82試合出場にとどまり、その後3年間で111試合出場にとどまって04年限りで引退。
通産ではGグラブ賞こそ無かったが.995の高い守備率を誇った