オジー・スミス
Osborne Earl Smith(Wizard of Oz=”オズの魔法使い)
54年12月26日アラバマ州モビール生まれ。
77年SDPのドラフト4位で入団、翌78年23歳で遊撃レギュラーに抜擢。
159試合(162試合制).258、1本塁打ながら40盗塁に好守。
79年MLBオールスターで来日、この頃日本の球団に売り込みをかけたようである。
もちろん抜群の守備力を持ち、80年初のゴールドグラブを取った名手をパドレスが手放すはずも無かったが、打率は2年目以降.230が最高
そこで打てる遊撃手を探していたパドレスと、守備と機動力をベースにした野球のハーゾッグ監督のカーディナルスの利害が一致。
1歳下で3割3度、3年連続最多三塁打のギャリー・テンプルトンと交換で82年からカーディナルスへ。
30歳になってから打撃も向上し、30歳の85年から93年までは90年(.254)を除き.270以上をマーク。
78〜93年はすべて20盗塁以上(うち30盗塁以上11回、ベスト10に7回)
四球もベスト10に4度、全てのシーズンで四球が三振を上回るというしぶとさも発揮、決して守備だけの人ではないところも。
ちなみに打席数に対する三振の少なさでは15度もベスト10入り。
87年は本塁打は無かったが.303、75打点、43盗塁、89四球をマーク、MVP得票でも2位となりオフにはメジャー最高給選手となる。
その神業ともいえる守備は晩年になっても健在で、「1試合に1本ヒットをアウトに変える」「年間その守りで75点は防いでいる」など賛辞を受け、92年(37歳)まで13年連続のゴールドグラブ。
96年、41歳をもって現役引退。アウトにした捕殺数8375は史上1位。
背番号1は即STLの永久欠番となり、2002年有資格1年目で殿堂入り。