ウォーリー・ピップ〜世界一高いアスピリンを飲んだ男〜
Walter Clement Pipp(1893-1965)
13年20歳でDETからメジャーデビュー、15年NYYに移って再昇格し同年レギュラー一塁手に座る。
以来24年まで10シーズン不動のレギュラーをつとめ、16・17年本塁打王(B・ルースが打者転向の直前で本数は12・9。通産でベスト10入り6回)
3割3回、打点ベスト10に5回(16年の2位が最高、数は24年の114打点)
強打者として鳴らし、NYYの主軸をつとめていた。
ところがキャリアハイの打点114を記録した翌25年6月2日、前日に頭部にボールが当たった影響か頭痛を起こして欠場。
代わって一塁を守ったのがルー・ゲーリック。
もともとこのシーズンは低打率にあえいでいた(最終.230)こともあり、6月3日以降も一塁をゲーリッグに明け渡し控えに降格。
ゲーリッグは.295、20本塁打と好成績でピップの出る幕は無かった。
これをピップは「俺は世界一高いアスピリン(頭痛薬)を飲んでしまった」と嘆いたエピソードが残されている。
翌26年CINへトレード、.291で99打点と活躍するが年齢もあって3シーズンで引退した(それでも最終年の28年.283を打っている)
ちなみにゲーリッグの2130試合連続出場はピップに代わって先発した前日の代打出場から始まっており、ゲーリッグが亡くなった日はピップに代わってスタメン出場した6月2日(41年)である。