マイク・スコット

MLB・メジャーリーグ古今名(迷)選手名鑑・珍情報

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プロフィール

管理人:八゜ソチョ井藤
ボルティモア・オリオールズが1984年日米野球で来日した頃からMLBに関心を寄せ
87ミネソタ・ツインズ世界一&同年末販売のファミコンソフト「ファミスタ87」にメジャーリーガーズ登場から本格的にMLBにはまる
好きなチームはCLEとPHI
略称一覧(現行球団)

アメリカン・リーグ

東地区

ボルティモア・オリオールズ BAL
ボストン・レッドソックス BOS
ニューヨーク・ヤンキース NYY
タンパベイ・レイズ TB
トロント・ブルージェイズ TOR

中地区

シカゴ・ホワイトソックス CHW
クリーヴランド・インディアンス CLE
デトロイト・タイガース DET
カンザスシティ・ロイヤルズKCR(KC)
ミネソタ・ツインズ MIN

西地区

ロサンゼルス・エンジェルス・オブ・アナハイム LAA
オークランド・アスレティックスOAK(A's)
シアトル・マリナーズ SEA
テキサス・レンジャーズ TEX

ナショナル・リーグ

東地区

アトランタ・ブレーヴス ATL
フロリダ・マーリンズ FLM
ニューヨーク・メッツ NYM
フィラデルフィア・フィリーズ PHI
ワシントン・ナショナルズ WAS

中地区

シカゴ・カブス CHC
シンシナティ・レッズ CIN
ヒューストン・アストロズ HOU
ミルウォーキー・ブリュワーズ MIL
ピッツバーグ・パイレーツ PIT
セントルイス・カーディナルス STL

西地区

アリゾナ・ダイヤモンドバックス ARI
コロラド・ロッキーズ COL
ロサンゼルス・ドジャース LAD
サンディエゴ・パドレス SDP(SD)
サンフランシスコ・ジャイアンツ SFG
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マイク・スコット

Michael Warren Scott
1955年生まれ、76年NYMドラフト2位、79年メジャー昇格

日本では古巣チームや世話になった師と対戦し、勝つことを”恩返し”という表現を良く使うが(相撲などが顕著)
それを地でやってのけたのがこの男。

79年メジャーデビューした後、81年から先発ローテに入るも2年で12勝23敗、HOU移籍後も2年で15勝17敗と二流先発投手だった。

転機が訪れたのが84オフ。DET投手コーチを辞めたロジャー・クレイグの元に弟子入りしてスプリット・フィンガード・ファストボール(SFF)をマスター。

このボールは現在はスプリッターで通っている球種で、高速フォークともチェンジアップとも言われている(クレイグ自身の解釈は沈む速球)

翌85年、スコットは18勝の好成績を残しさらに86年も18勝で防御率と最多奪三振1位。
さらに恩師クレイグが監督に就任していたSFG相手にノーヒットノーランの強烈な恩返し。
リーグ優勝決定戦でも2勝してMVP(ただしNYMにスコットの2勝のみで2勝4敗でリーグ優勝ならず)

この86年日米野球で来日、日本にもSFFブームが起こった。
翌87年、野球ゲーム「プロ野球ファミリースタジアム87」には彼をモデルとした”すこつと”投手がおり、高速フォークを連投できる投手だった(ゲームの仕様でSFF=高速フォークになっていた)

18→18→16→14と勝ち星を稼ぎ、ついに89年20勝を達成して最多勝。
しかし長年のSFFの多投は肩や肘に変調を起こしており、90年は故障で不振の9勝13敗。2桁勝利は5年でストップ。
(それでも32先発・205イニング投球は僅差のチーム2位)

迎えた91年、36歳の年齢と故障でまともに投げられず4月の先発2試合はいずれも打ち込まれ、そのまま登板せず
5年前にノーヒットノーランを達成した同じ9月25日、引退を発表。

通産124勝、背番号33は翌92年永久欠番に指定された。


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